2018年12月7日, 日本大学芸術学部写真学科にて、プリンティングディレクター高栁が印刷についての特別講義を行いました。今回の講義の全内容(120分)を数回に分けて当ホームページ上で公開させて頂きます。

紙、インク、印刷手法についての概論から、色の見え方〜紙媒体の意義について、年間多数の写真集の印刷を監修するプリンティングディレクターの立場からお話しをさせて頂きました。

①紙について

改めまして。株式会社東京印書館プリンティングディレクターの高栁昇です。

まず、皆さん写真学科の学生さんということで、当然写真をお撮りになっていますよね。あるいは将来プロフェッショナルフォトグラファーになるかは別として、やはり写真に関することを職業にしたいとお考えですよね。どんな職業でもよろしいんですが、だとすると質問があります。

皆さんが写真を撮る時、あるいは写真をとった後、どのようなことにこだわりますか。

シャッターチャンスでもいいし、被写体でもいいし、あるいは色の処理でもいいし。

「色です」

「想像通りの色を出すこと」

ご自分で色の処理をされているということですね。

「紙」

なるほど。出力する紙にこだわると。

「色ですね」

それはディスプレイで見る色ですかプリント出力した色ですか?

「プリントした時の色が自分の思った通りになるかどうか」

「構成です」

なるほど、

「明暗」

皆さんそのように、様々なこだわりがあると思うんですよ。そうすると、例えば、まず皆さんがデジタルカメラでカショッと心で感じてシャッターをきる。

それが、そのままご自分で出力するプリンターあるいはディスプレイで再現できている方。いらっしゃいますか?狙った通りの色が出た、出力したときに思った通りの色がすぐに出るという方、手をあげてみてください。

毎回、最初から思った通りの色が出ることはないですよね。プリントの場合は特に。トライアンドエラーといったら申し訳ないですけど、何回かトライをしてようやく近いものが出せる。それだけ色って不確定で難しいんですよね。

それでは、どんな理由で色が不確定になるのか、あるいは色を安定させるにはどうするのかといったことを今日は少しだけ紐解いて、将来の皆様のお役に立てればと考えています。

ではまず一つ。印刷というのは、皆さんがカショッとデジタルカメラで撮ったRGB光の発色3原色ではなく、それを色の3原色、補色関係にあるCMY+スミのインクで表すということをやっているわけですが、ではその印刷に関して何が必要か。当然、まずは皆さんのお撮りになる写真が必要ですね。

他には何が必要でしょうか。そうです。紙、インク、そして印刷機です。

それではまず皆さんにお聞きします。まず紙ですが、紙ってどのくらいのスピードで作られていると思いますか?一分間に何メーター位作られていますか?

「1メートル位」

はい。他にいらっしゃいますか?

印刷の場合はいわゆる洋紙ですので機械抄造になります。それを前提で。

「500メートル位」

おお。

「20メートル?」

もっと多いんじゃないかというかたいらっしゃいますか。

「5-60メートル」

正確にいうと、一分間に1,800メートル、広幅:11.5メートルの幅のある紙が一分間に1800メートル作られています。

ということはウサインボルトがやる気のないときに、ちょうど100メートル10秒で走ったとしますよね。早いですよね。日本人選手がこの前9秒台を出しましたけど。ボルトのスピードで一分間に600メートル。その3倍のスピードで1分間に1,800メートルの紙がダーッと作られているわけです。


紙というのは通常トン・重量換算になるわけですが、1トンの紙を作るのにどのくらいの材木が必要だと思いますか?樹の本数で行きましょう。

「10万本」

他には?

「1万本」

1トンの紙を作るのに1万本の樹木を使ってしまうと地球上の木、アマゾンの森林も北米の針葉樹林も一気になくなってしまうと思うんですよね。1トンの紙を作るのには大体20本の木が必要です。

では1トンの紙を作るのに、どのくらいの綺麗な水が必要だと思いますか?5リットル?

残念ながら1トンの紙を作るのに100トンの水を使っているんです。

太い材木、針葉樹ですから、大きな材木が20本くらい。それでやっと1トンの紙ができる。ですから地球環境を考えると、昨今では再生紙を混入するというのが必須です。これが、現状なんですよね。

次は、皆さんに紙の種類の話をします。紙ってどんな紙があると思いますか?

例えば印刷する時の紙。これは私が答えます。ツルツルした紙がありますよね、コート紙とかアート紙とか。もしくは、手触りがあってあまりツルツルしていないマット紙。他には、ページをめくるときに優しい手触りがあって、書籍紙とかに使う、和紙の風合いを感じるような微塗工紙というのがあるんですが、この紙によって表現が大きく変わってしまいます。

(教材の写真集「密怪生命」を指して)こちらはダル紙といって、 反射がやや鈍い、少し光沢が落ちる紙です。

そして、こちらはヴァンヌーボ。ラフグロス・ファンシーペーパーといって非常にお高い紙なんですよ。

(教材②写真集”鍋倉の森“)

先鋭さですとか、派手さとかはダル紙の方があるんですけれど、また写真はもちろん違うんですが、(ヴァンヌーボを使うと)だいぶやさしいイメージになりますよね。

これが紙の影響というか、紙の持っている能力によってこういった差が出てくる。ここでいう能力というのはどちらが好きかどうかという能力であって、高いとか弱いとかの問題ではありません。

ではちなみにですが、1分間に11.5メートルの幅で1800メートルの紙ができていく工程について。

皆さん体験された方もいるかと思いますが、和紙を漉く時のように繊維がドロドロに叩解(こうかい)されている状態、あのドロドロの状態のものが噴き出てくる。それがワイヤー(網)のベルト上に流れてくる。ダーっと噴出されたものが1800メートル流れ出てきて、ワイヤーの上に紙が残ります。ワイヤーっていうのは穴が空いていて脱水ができるんですよね。

このワイヤーパートという部分を通過すると今度は、プレスの工程があります。要はワイヤーにドロドロした和紙の繊維が流れてきて、そこから水が抜けるわけですが、そのままではガサガサですから、印刷で使うにはプレスをしてぐっと平らにしなければいけない。

次にそれを急激に乾かさなければならない。乾燥工程。次、これが重要です。コーティング。コート紙であれ、マット紙のように手触りのある紙であっても、原紙の上にクレイ層でコーティングをしなければならない。そのコーティングをするためのコーターという装置があるんです。

キャレンダーがけといって、表面を印刷適性を持たせるためにツルツルにしたり、ちょっとマット状態にしたり、表面に凹凸をつけたりといった工程。そのあとに巻き取られて、両端のガサガサした部分がストンとカットされて完成。それを分速1800メートルでやっているわけです。

そういうわけで、印刷は、私がいうのもなんですが地球環境に優しくありません。ですので毎日きちっと紙は使い倒して、最後は古紙回収業者に回収頂いて、再生して頂いております。そうやって地球環境を大事にしております。


この部分が、紙の原紙と呼ばれる部分になります。ここへ、紙の断面を描きますよ。ここが原紙の層。その上にクレイ層といって、先ほどお話したコーティング層。ここが、そちらのダル紙の方だとわずかに表面に凹凸がありますが比較的ツルツルなんです。

ダルというのは英語でdull(鈍い)という意味です。もう一つのこちらのヴァンヌーボの方、ラフグロスファンシーペーパーですね。

こちらは柔らかさを出すために、これはですね、先ほどは抄造しながら1800mのスピードでコーティングしながら作られていると申し上げましたけど、こちらはオフマシンコーティングといって、原紙だけで紙を抄造して乾かした後にクレー層をコーティングするんです。

だから、こうした微妙な細やかな細工ができる。そういうわけで、1枚幾らといった高い紙になるんですけど、こちらの方が凹凸が強いんです。手触りがザラザラしています。これが、紙の差のお話になります。

ここまでのところで質問ありますか?よろしいですか。

これが、このあと印刷表現。皆さんが、色が思う通りに色が出ないというところに非常に関係してくる切り口なんです。

次に行きます。

皆さん、1980年代くらいですかね。酸性紙というのが騒がれました。日本の書物だとかが100年くらい経つとボロボロになると。それが今全然騒がれなくなった理由というのをちょっと皆さんに知っていただいて欲しいと思います。

酸性紙は酸が強いから空気中の酸素と結合して、あるいは酸性紙そのものが持っている性質によって紙がボロボロになってしまうというようなことが言われていました。和紙の場合はありません。どういうことかというと、紙を抄造する過程で使っていたある薬品が使われていないからです。

この問題が、皆さんがお生まれになる前の1980年頃、私の記憶だと取り沙汰されていたんです。

今は日本の製紙事情もだいぶ変わりまして、一般紙も中性紙が増えています。それでは、おききします。中性というのは、皆さん中学の理科あるいは高校の化学でペーハーという言葉を聞いたことがあると思うんですが、ペーハーというといくつが中性ですか?

ペーハー7が中性。そこから数字が下がると酸性。上がるとアルカリ性になります。難しい話を簡単にしますと、ペーハーというのはこういう式で表されるんです。もちろんこんなのは覚えてもらわなくて結構ですよ。

pH=ーlog10[H+]

どういうことを表しているかというと H+というのはmol濃度、これはですね、水素イオンに符号をつけただけなんです。すなわち、水素イオンの逆数の常用体数であるPHの7というのが中性になります。

例えば、本当に真水、空気中に触れてない水をポット机のうえに置いてph7だった、1時間もすると空気中の酸素を取り入れて、弱酸性0.62くらいまでになります。牛乳だって弱酸性です。中性のものってなかなかないんです。

それで、7というのが中性濃度なんですけど、どうやって(酸性から中性に)変えたかというと。どうしても日本の場合は火山国ですから、硫酸アルミニウムバンドという薬剤を使って表面を固定していたんですよね。これを使わないようにすれば、紙は中性になります。最近はこの硫酸バンドを使わないでph7近辺になるように日本の紙もなっています。

和紙の場合は硫酸バンドを使わずに灰汁(あく)を使用したりしていました。灰汁は弱アルカリ性で全く酸性ではないから、昔の和紙は虫に食われることはあっても紙そのものが崩壊することはありません。ですから、昔の和紙、奈良時代の書なんかもまだ残っているのはそういうわけなんですね。

当然、中国の書。私も唐の時代からの書画の複製をしているんですが、絹本(けんぽん:絹地に書いた書画)はボロボロになっていますが、紙の部分はまだ残っています。中国の場合は画仙紙と呼びますが、硫酸アルミニウムを使っていないので崩壊することはありません。ところがいわゆる洋紙は西洋から入ってきているので、どうしてもこの硫酸アルミニウムの問題がありました。

ここまでが紙の大きな特徴の話です。表面の凹凸の付け方、そして酸性と中性。酸性か中性かというのは、色の表現には関係がないのですが、表面の凹凸は非常に深く関係してきます。 (続く)