ここに来るまで忘れてた。

著者:吉田靖直

写真:鈴木愛子
デザイン:寄藤文平+古屋郁美(文平銀座)
編集:武田憲人

発行:交通新聞社
発行日:2021/10/29

判型:四六判(257×210mm)
頁数:256p
製版・印刷:スミ(本文、表紙)、特色1C+イエロー+スミ(カバー)
用紙:OKアドニスラフ70、アスカα、アルティマグロス80
製本:あじろ綴じ並製本

今回は、ロックバンド・トリプルファイヤーのボーカル吉田靖直さん著「ここに来るまで忘れてた。」をご紹介いたします。

「タモリ倶楽部」や「共感百景」でもおなじみ、トリプルファイヤ―のボーカル・吉田靖直さんによる、「散歩の達人」、「Webさんたつ」の人気連載、「ここに来るまで忘れてた。」を単行本としてまとめた一冊。

読んでいただくとお分かりいただけるでしょうが、吉田さんはなかなかの「ダメな人」、もっと言えば「クズな人」ですが、そのダメっぷり、クズっぷりに、「うんうん、みんな口には出さないけどそういうこと思ってるよね」という共感とともに、なんだか愛おしくさえなってしまうから不思議です。

ネガティブで自己肯定感が低く、コミュ力もモテ力もなく、バイトにはしょっちゅう遅刻し、パチンコにはまりすぎて大事なギターを売ってしまってもパチンコをやめられず、彼女と一緒の時に好みの女の子にドギマギし…とひたすら空転する自身の日々を俯瞰的で客観的な筆致で描いた文章にハマること間違いなしです。

好きなお話ばかりですが、「ベストコーデを身に着けて、竹下通りを何度も往復した」での、次の文章が素晴らしい。

「悲しいことだが、田舎の進学校に過ぎぬ我が校の生徒はファッションセンスを審査する力を持っていないのだ。そういえば、私の価値観からすると『なんでこいつが?』というやつがおしゃれだイケメンだと持て囃されていることが多々あった。センスが未熟な者たちの多数決により、弱い立場に収まらされている現状に納得がいかない。おそらく私は、ハイセンスな都会でやっと評価され、花開くようにモテ始めるタイプなのだろう。こいつらはまだそのことを知らない。」

はい、もうここだけでも「こじらせてるなぁ」とお分かりいただけますよね。途中まではなかなかの真理をついているなと同意できるのです。ただ最後の一文に至って、吉田さんの自己認識と世間の評価とのギャップは埋まることはないだろうな…と容易に予想でき、やはりトホホなお話に着地します。

毎回一つの街をテーマに、自身の思い出をつづるエッセイですが、その内容は、どれもこれもが、とってもダメな話。鈴木愛子さん撮影の、街に佇む吉田さんの風情もそこはかとない可笑しみと哀愁があります。吉田靖直さんやトリプルファイヤ―のファンはもちろん、知らない人でも読めば必ず心に刺さる捨て置けない世界。ぜひご一読ください!