山縣勉写真集 涅槃の谷 Ten Disciples

著:山縣勉

発行:禪フォトギャラリー
発行日:2016/11/4

判型:B5縦変型判(250×189mm)
頁数:112p
製版・印刷:特色2C(スーパーブラック+特グレー)+超被膜グロスウェットニス、特色1C(銀)+グロスニス
用紙:b7トラネクスト、NTラシャ 漆黒
製本:糸綴じ、コデックス装、空押し

今回ご紹介するのは、2016年刊行、写真家・山縣勉氏の写真集『涅槃の谷』です。

親が私を産んだ歳よりずっといってから子どもが産まれた。私の二世だ。同じころ、年老いた父が癌にかかった。その治療方法を調べるうちに、癌に冒された人が集うという東北の谷のことを知った。山に埋まった岩から強力な放射線が飛び出し、川は沸騰して流れている。モウモウと湧き上がる煙の切れ間から、山を中心に人が点々と横たわっているのが見える。

その光景を初めて見たときに私は涅槃図を思い出した。寝そべる仏陀を中心に十名の高弟たちが思い思いの格好で過ごす絵は、煩悩が消え去って悟りが完成された最終境地を表すという。

すべてが剥がれ落ちた人たちから苦悩や焦りは感じられない。性別さえ薄らいで、安寧な世界への準備と循環する生への期待を思わせる。一段上に形なく存在しているかのようなこの場所に私は通いはじめた。徘徊し、ゴツゴツした岩に座ってゆっくりと息を整え、父や幼い息子のことを考える。

― あとがきより

『涅槃の谷』は、2011年から2016年にかけて秋田県仙北市の玉川温泉で撮影された、私的ともいえるドキュメンタリー作品です。作者が幼いころに祖母から聞かされていた三途の川の光景、この世とあの世の狭間をこの地に照らし合わせ、父や子を思いながら湯治場に身を置き続けます。

山縣氏は、癌治療のためにラジウム線温浴をする、川辺にゴザを敷いて寝そべる人々の姿が、仏陀が死を迎える場面「涅槃図」に通じるものを感じます。そして、仏陀にとっての死が、悟りの最高境地を意味しているのと同様に、玉川温泉に集う人々の姿もピースフルなものとしてとらえています。

川辺に思い思いに寝転ぶ人々の姿のほか、浴衣姿で盆踊りを楽しむ人々や濛々と白い煙の立ち込める谷の姿が神秘的で、まさに此岸と彼岸のはざまにいるような不思議な感覚になります。そこにいる人々は、癌という病に侵されながらも、心穏やかで、仏陀の教えにあるように生死を超えた悟りの境地に達しているかのように見えるのではないでしょうか。

また、この写真集は糸綴じの背がそのまま見えるコデックス装で製本されており、糸綴じの赤い糸が写真集のアクセントになっています。本文写真のページは108ページという、人間の煩悩の数を表すページ数になっていたり、山縣氏が写真集に込めた仕掛けがちりばめられていますので、実際に写真集をめくってお楽しみいただきたいです。

自分の死が身近に迫った時、私たちも最期の瞬間をできれば心穏やかに迎えたいと願っています。死と向き合いつつもピースフルに見える人々を写し撮った本写真集は、私たちの死生観を見つめなおさせてくれるかもしれません。ぜひご覧ください。

プロジェクト・アドバイザー:大西洋(shashasha)
編集:羅苓寧(アマンダ・ロ)
デザイン:伊野耕一
翻訳:小出彩子
英語校閲:マーク・ピアソン
謝辞:Chiristian Caujolle、横内重雄、米本康子

涅槃の谷 – 山縣勉 | ZEN FOTO GALLERY – アジア諸国の写真を専門に紹介するギャラリー・出版社

親が私を産んだ歳よりずっといってから子どもが産まれた。私の二世だ。同じころ、年老いた父が癌にかかった。その治療方法を調べるうちに、癌に冒された人が集うという東北の谷のことを知った。山に埋まった岩から強力な放射線が飛び出し、川は沸騰して流れている。モウモウと湧き上がる煙の切れ間から、山を中心に人が点々と横たわっているのが見える。その光景を初めて見たときに私は涅槃図を思い出した。寝そべる仏陀を中…