思うに西洋人の云う「東洋の神秘とは」かくの如き暗がりが持つ
不気味な静けさを指すのであろう。(本文136ページ)

古来より暗がり、陰影の中でこそ映える美を追求してきたという日本人独自の感性を生活様式、美術品、建築、食文化など様々な角度から論じている谷崎純一郎の代表的エッセイ「陰翳礼讃」。

各国語に翻訳され、今尚世界中で読み継がれている名作。本書では谷崎純一郎のテキストに呼応するように、著名写真家大川裕弘氏の作品が掲載されています。「気配を撮る」写真家と評される大川氏の写真一点一点が谷崎の視点を端的に示しているようで、テキストの理解が一層深まります。絶妙な組み合わせで織り成される全クリエイター必読の一冊。

製版・印刷について(東京印書館製版ディレクター・片山 雅之談)

本書の製版・印刷にあたっては、中間からシャドーにかけての階調をどこまで出すかの判断が極めて重要でした。

全体に暗部の面積が広く、仕上がりサイズ版型も小さめということもあり、画像をCMYKに変換する前段階のRGB上で見本プリントよりも階調を出しておく(明るくする)、という選択肢もありました。ただし、今回の場合は用紙適性も考慮した上で、印刷時に見本プリントとほぼ同じ仕上がりになるように調整・変換し、さらにCMYK上でBk版(スミ版)を微調整しています。

何にしても今日の室内の照明は、書を読むとか、字を書くとか、針を運ぶとか云うことは最早問題でなく、専ら四隅の蔭を消すことに費されるようになったが、その考は少くとも日本家屋の美の観念とは両立しない。(本文P226、P230)

今回、後者の方法を選択した理由としまして、本書にある谷崎純一郎の上記一文を目にして気づきを与えられた部分が大きかったと考えています。

いかにデジタルカメラの性能が向上しても、今回大川裕弘先生から頂いたような、中間からシャドー部にかけて非常に豊かな階調を持たせた画像を撮影するのは極めて難しいと思います。

「階調のない最暗部はしっかりと強く、なおかつ中間域からシャドーにかけての階調の連続性が損なわれないようにする」。

これが、今回の製版・印刷における最重要ポイントです。