トウキョウカラス

発行:ulus publishing
発行日:
2023/9/6

著者:清水哲朗
編集:高橋佐智子
装丁:三田村邦亮
プリンティングディレクション:
髙栁昇(東京印書館)

判型:A4縦変型判(255×210mm)
頁数:240p
製版・印刷:〈表紙〉特色1C(特銀)+硬調スミ+全調スミ、〈本文1〉プロセス4C、〈本文2〉スミ
用紙:
〈表紙〉OKトップコート+〈本文〉b7トラネクスト
製本:糸かがり上製本

今回は、写真家・清水哲朗氏の写真集『トウキョウカラス』をご紹介いたします。

日本写真芸術専門学校卒業後、写真家・竹内敏信氏の助手を経て、23歳でフリーランスとして独立された清水哲朗氏。モンゴルの自然や人々の生活に焦点を当てた写真などで知られ、国内外で活躍されています。

今作『トウキョウカラス』の写真は、すべて2020年11月から2023年3月にかけて撮影されたもの。コロナウイルスが猛威を振るっていた時期と重なります。ライフワークとして20年以上通っていたモンゴルへの取材はもちろん、国内取材も難しく、写真家としての活動が制限されている状況に苛立ちを感じていた2020年秋。1995年から約8年間、モノクロフィルムで撮影していた『トウキョウカラス』の個展を開催したことをきっかけに、今作にあたる、現代版『トウキョウカラス』の撮影を始めたといいます。そのため、移動手段は主に徒歩。早朝からカラスを探し求めて歩き、トータルで200日以上も撮影に費やしたそうです。

清水氏は、カラスの魅力を以下のように語っています。

街中でも自然界でもどこでも生き抜ける逞しさ、順応・適応力の高さ、警戒心の強い慎重な行動、観察力、納得するまで行うトライアンドエラー、家族や仲間を大切にする愛情、正義感、本能的行動とは違う「遊び」をする余裕、そんな生き方に心底憧れている。

ーあとがきより

路上に捨てられたカップ麺の残りを啄む姿や盗んだハンガーで巣を作り子育てをする姿からは、街中で生きるカラスの逞しさが感じられます。亡骸の横に佇み一点を見つめる姿は、まるで家族あるいは仲間の死を憂いているようにも見えるのです。マイナスなイメージを持たれがちなカラスですが、かっこよくてしたたかで、そして愛らしい。この本のカラスは不思議とそんな風に思えてきます。

また、今作は街のランドマーク的な建造物を積極的に取り入れたり、有名人を起用した広告看板と組み合わせることで、時代性や流行の描写を心がけたとのこと。変化していく街や人々の価値観。対して、カラスがしていることは、今も昔も変わらないといいます。背景に映る街や人の姿にも注目してみると、カラスの魅力をより感じられるかもしれません。

今作では、デジタル機能を最大限に生かし、暗所や悪天候、飛翔シーンなどフィルムカメラ時代に技量不足で撮影できなかったイメージにも果敢に挑戦されたとのこと。また、モノクロからカラーになったことも大きな変化。カラスの羽の色は、「構造色」と呼ばれる光の角度によって緑、青、紫にも見え方が変わる色。真っ黒ではないのです。「濡羽色」と呼ばれる艶のある黒色を指す言葉はそこから来ています。撮影の際には、その色の美しさを見せることを意識されたそうです。

印刷・製版においても、「構造色」と「濡羽色」の再現に力を入れています。また、野生動物であるカラスの眼にも注目してみてください。

日々変わりゆく街の中で逞しく生きるカラスの姿は、私たち人間がどのように生きるかという問いとも繋がってくるのかもしれません。

東京のカラスは日本の景気のバロメーター。カルガモ親子の道路横断に警官を出勤させ、ツバメの巣は手厚く見守っても、カラスの巣を見つければすぐに撤去したがる人間のエゴにも負けず、今日もカラスは東京ライフを謳歌している。「カラスを通じて見る東京」はみなさんの目にどのように映るだろうか。

ーあとがきより

担当プリンティングディレクターより


清水哲朗写真集 「トウキョウカラス」の製版・印刷について

カラスの黒色は濡羽色と言われ艶のある黒色が特徴です。また、その構造色により青や紫、緑などの光沢帯びた色が見られます。

当然のことながら、写真集の製版、印刷ではこの2点についていかに再現するかがポイントです。また、野生動物です。眼や目元調子を出す(階調がつぶれないようにする)ことも重要です。

それでは製版、印刷のポイントについて説明致します。

【製版】
①濡羽色を再現
・カラスにコントラストをつける(特に明部)。
・カラスの暗部階調(調子)を出す。
・カラスの最暗部は出来るだけ締める(墨版を出来るだけ強くする)。
・必要ならばカラス中心にシャープネスを効かす(特に目元のシャープさも重要である)。

②構造色の再現
・写真Dataの構造色(青、紫、緑)が弱い場合は少し色を強く強調する。
・撮影時間による色温度の影響を受けたカラスの色も最暗部はできるだけニュートラルなグレイバランス(黒バランス)で他の写真と揃える。

【印刷】
・印刷では全台(すべての写真)出来るだけ同じ濃度で印刷することが重要である(完成した写真集の印刷のバラツキを抑える)。
・墨版(インキ)は出来るだけ強く印刷する。

【表紙の印刷】
・表紙については銀インキと墨インキでモノクロ(墨調子)で再現したいとの要望あり。
→不透明インキである銀インキに墨1色では、黒の表現が弱いので墨、硬調墨のWトーンで黒を再現する。

製版設計⇒銀版、墨版、硬調墨版の3色印刷とする。
印刷設計⇒最初に銀インキを印刷し、その後、墨インキ、硬調墨インキを印刷
印刷時のポイント:濡羽色のイメージを再現するべく、墨インキに20%ブルーにインキを混入しでやや黒に青味を持たせている。

【PD雑感】
小学生の頃、通学路にある電柱にカラスがいて、何の気なしに“おはよう”と挨拶をしていると何時しかカラスも“おはよう”と挨拶を返してくれるようになりました。カラスは頭が良いなーと子供ながら思っていました。

今回の写真集を印刷した後でもカラスに出会うと濡羽色や構造色を観察している自分がいます。写真家清水哲朗氏によって切り取られた「トウキョウカラス」の写真はどれも印象深く“スー”と脳内に侵入してしまうのです。実に不思議です。どんな環境にも適応し、実に気高く生きているカラスに“大あっぱれ”です。

東京印書館統括プリンティングディレクター

髙栁昇